元陸軍少年戦車兵が語る ここはお国を何百里
ISBN:9784863871922、本体価格:800円
日本図書コード分類:C0023(一般/単行本/歴史地理/伝記)
78頁、寸法:128×182×5mm、重量98g
発刊:2024/04

元陸軍少年戦車兵が語る ここはお国を何百里

【まえがき】
開口一番「シベリア抑留で亡くなったのは6万なんてもんじゃないよ」と言われた。初対面の渋谷さんのキラキラ輝く眼は、とうてい満八十歳を半年後に控えた老人のものとは思えなかった。渋谷さんには戦車隊の少年をそのまま成長させたような、無垢な心がある。ソ満国境の修羅場を語るとき、何度も声を詰まらせ、眼に涙を滲ませた。戦後61年が過ぎたいまも、渋谷少年は国境線に取り残された開拓団の女性や子どもたちや、シベリアに送られた無数の兵たちの死を悼みつづけているのである。
1945年8月ソ連軍の侵攻による国境近くの開拓団員の死者は、1万数千の集団自決を含めて八万を超える。27万開拓民のうち、8万人の死は重い。国策により移住させられた住民たちは、戦争末期の根こそぎ召集で成人男子を取られ、年寄りと女子どもたちは頼みの関東軍から置き去りにされて命を落としたのである。かねてから現地中国の農民は関東軍に農地を強制買い上げされたり、人間以下の扱いを受けたり、日本人に対する根強い恨みと反撥心を持っていた。開拓団は怨嗟の的となったのである。旧満州で、シベリアで、少年兵が見た戦争の具体的な事実を聞き取り、記録に残しておくことは私たちの世代の戦後責任である。作家の澤地久枝氏は『自決 こころの法廷』という著書の中で「先行して生きた世代の体験を追体験するには、個々の具体的な事柄をしっかり理解することがまず必要なのだ(中略)「飢え」の実感がなくても想像を働かせる知恵が必要」と述べている。私たちも想像力を働かせながら、渋谷さんの話に耳を傾けてみよう。(稲 孝子)

〔話し手〕渋谷 三郎 昭和2(1927)年5月生まれ 出身地/山形県米沢市 生家は米穀と薪炭を商う 兄、兄、姉、妹の五人兄弟
〔聞き手〕「歴史は消せない!」みんなの会のメンバー 録音・地図/橋本 恭子 文責/稲 孝子(旧姓 吉田)

【あとがき】
戦後社会の混乱期の中、大学進学を断念せざるを得なかった私は、1982年に大阪市立婦人会館(現クオレ大阪)で開かれた2年制のジェンダー講座に飛び立つ思いで参加した。47歳、晩学のスタートであったが、翌年開講の「夜の女性史コース」で講師の西川裕子先生(フランス文学者、元京都文教大学教授)と運命的な出会いをした。先生は具体的な事実をしっかり理解して書くことの大切さを教えてくださり、書き上げた私の拙い文には必ず目を通して「これはあなたの分身です。いい文章です」と褒めてくださった。
今回の「元陸軍少年戦車兵の証言」の聞き取り原稿を「軍靴の響きが近づく今こそ、世に出すべきものです」と言われた。深く同意しながら出版が今日まで遅れたのは、ひたすら私の怠惰のせいである。
「あとがき」を書くと約束してくださった西川先生は、今病院のベッドで闘病中と聞く。泣きながらソ満国境の惨事を語ってくれた元少年戦車兵の渋谷三郎さんは、この証言の後、高松の私たちのもとから忽然と姿を消してしまった。今年97歳になるはずのこの元少年戦車兵は今もどこかの街で、あるいは冥界で「戦争は悪だ」と繰り返しているはずである。
本書は橋本恭子さんという全ての面での協力者を得て、ここに出版の運びとなりました。「今こそ世に出すべき戦争の証言」として西川裕子先生と元少年戦車兵、渋谷三郎さんの思いに私たちの思いを重ねて、この一冊をお届けする次第です。
なお、本書の発行にあたり、「歴史は消せない!みんなの会」の友人たちをはじめ、反戦への思いを共にする仲間たちの激励や助言、多くのご支援をいただきました。記してお礼を申し上げます。
  2024年2月  稲 孝子(旧姓 吉田)

【著者紹介】
〔著者〕
渋谷 三郎
〔編著者〕
稲 孝子