エッセイの力 百歳時代を楽しむ知恵
ISBN:9784863871380、本体価格:1,500円
日本図書コード分類:C0095(一般/単行本/文学/日本文学評論随筆その他)
132頁、寸法:148.5×210×11mm、重量260g
発刊:2020/10

エッセイの力 百歳時代を楽しむ知恵

【はじめに】
突然母が亡くなった
一言もことばを交わすことなく
母の中の記憶が消えた
母が書いたものは何も残っていない
もう引き出すことはかなわなくなった
書いて残してくれていればと思う
もしあったならば、どれほど大切に思えただろう
あなたのもつ記憶はあなたが生きた証
それはあなただけのものではないはず
それはあなたをしのぶ人が望むもの
今も色あせることなく残るあなたの記憶
書いて残してほしい
エッセイというかたちで

【おわりに】
父の遺品
 気がつけば、母の死からおよそ二十年の年月が経っていた。あれから少しずつ書き溜めてきたエッセイを取り出して読み返しているうちに「エッセイを書こう」いう趣旨の本書を執筆しようと思い立った。そんな折、今度は父の死を迎えることになった。父は母とちがって、なにかと記録を残す人だった。毎日夕方になると書斎の机に向かって日記を書いていた。その姿は今もまぶたに残っている。
 その日記を読むと父に会えるように感じる。父がどんなことを楽しみしていたのか、どんなことを感じていたのかが手にとるようにわかる。そこには子や孫のことが多く書かれていた。あるページには、先に逝った妻の面影に重なる姫芙蓉の花が「今日二輪咲いた」といった日常の何気ない出来事が書きとめられている。中には、「今日は妻が亡くなってから六八九八日目である」と驚くような記述もあった。その記録に父の妻への深い愛情が感じられる。
 父は日々の日記のほか、自分が若い頃の「戦争体験」をエッセイに残していた。そのことを知ったのは父が入院していたときだった。来る日も来る日もベッドでの生活を強いられた父の気を紛らわせるつもりで、若い頃の軍隊での体験を聞きたいと話しかけた。話を聞くにつれ、これは記録に残したらいいと思い、「話してくれたらそれをエッセイにまとめるよ。」と父に言うと、「いや、もう書いている。」と言うのだ。「えっ?」と驚いて確かめると、海軍の仲間うちで昔の体験を書き残そうという話になり、父にも声がかかり、原稿を書いて送ったというのである。その原稿が我が家にあるという。早速家に戻って、指示された場所をさがすとその原稿が見つかった。
 変色した原稿用紙には次のようなことが記されていた。十九歳で徴兵されたこと、飛行機製造工場で働いたこと、その後海軍の航空機整備兵として九州や朝鮮半島で勤めたこと、終戦後、急いで本土に戻ったことなど、戦争中の体験が簡潔にまとめられていた。それを読むと、徴兵後新兵としていかに厳しい軍事教育を受けたか、いかに歯をくいしばって耐えたか、そして晴れて一人前の兵隊になったときどれほど誇らしく嬉しかったか、など父の気持ちが手に取るようにわかった。
 また、ゼロ戦のプロペラにはね飛ばされたが、幸運にも無事だったことや朝一番の整列に一人が遅れたことで全員が廊下に立たされ、上官からバットで尻を叩かれたことなど軍隊でのきびしい生活が目に浮かぶように書かれていた。そのエッセイはまさしく父の青春を描いたドラマを見るかのようだった。
 父の葬儀を終えたあと、父がエッセイを残していたことを孫たちに知らせると、それを真剣な表情で読んでいた。孫たちがそれまで知らなかった祖父の一面を見た瞬間であった。そのエッセイは家族にとって父を感じることができる大切な遺品となった。
 そのエッセイの最後のページには若い頃の父の写真と海軍のマークが載っている。文章だけでなく写真が訴えてくるものもある。そのエッセイには「桜と錨と七四四日」というタイトルがつけられている。
 このたび、「エッセイを書くこと」を広く勧めようと思い立ち、このような形でまとめることができたのは、友人田中崇氏のおかげです。企画の段階から相談すると、本書の趣旨に賛同して表紙デザインやイラストも担当してくれるとともに、多くのエッセイを寄稿してくれました。心より感謝申し上げます。

【もくじ】
・はじめに
・なぜエッセイなのか
・エッセイはむずかしいか
・何を書くのか
・書きはじめる前に
・書くときの心構え
・書きはじめる
・書き出しはどうするか
・本文はどう書くか
・終わり方はどうするか
・文章を見直す
・タイトルを決定する
・イラストをつける
・エッセイをふやす
・おわりに

【著者紹介】
〔著者〕
塩田 寛幸
〔イラスト〕
田中 崇